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| 現代俳句にいきる芭蕉 虚子・波郷から兜太・重信まで
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|  | 現代俳句にいきる芭蕉 
 四六判・320頁
 
 
 ISBN4-8315-
 ISBN978-4-8315-1423-3
 C1091
 
 2015 年発行  |  
| 芭蕉は現代にどのように生きているのか、生き残っているのか。今日の「俳句」と直接結びつく高浜虚子を起点として"芭蕉 
 受容"という視点から昭和の俳人たちをとらえ直す。
 
 ●目次●
 はじめに
 Ⅰ 虚子から秋桜子へ
 一 虚子の芭蕉観―俳句の「伝統」をどのようにみるか―
 一、「伝統」派と「反伝統」派
 二、虚子の俳句観
 三、虚子の伝統観
 四、俳句の伝統観、諸説の検証
 二 虚子の「芭蕉句三種類」説をめぐって―風体としての「かるみ」論―
 一、虚子の「かるみ」認識
 二、「主観的写生」から「客観的写生」へ―虚子と芭蕉―
 三、「心の色」としての「かるみ」の論―山本健吉と森澄雄―
 四、「姿」と「情」の論からみた「かるみ」―「かるみ」は風体を示す用語か―
 三 「景」を写して「情」を詠む―秋桜子の方法と波郷―
 Ⅱ 俳句の近代―波郷を核として―
 一 芭蕉と近代俳人たち―楸邨・波郷・誓子・草田男―
 はじめに
 一、加藤楸邨と芭蕉
 二、石田波郷と芭蕉
 三、山口誓子と芭蕉
 四、中村草田男と芭蕉
 二 波郷と俳句文体
 一、喚体の呼格
 二、「切れ」の効用
 三、文法という規範
 四、省略の叙法
 五、韻律
 三 波郷の韻文精神
 一、俳句の魂
 二、型としての韻文
 四 波郷の散文精神―『江東歳時記』とわたし―
 Ⅲ 俳句私小説論―俳句表現構造論へ向けて―
 一 俳句は私小説なり―波郷のなかの葛西善蔵―
 二 私小説性からの脱出―藤田湘子の波郷観―
 三 俳句私小説論のゆくえ
 一、志賀直哉の「私」と波郷の「私」
 二、横光利一の「四人称」設定説と波郷の「私」脱出
 Ⅳ 俳句の現代
 一 芭蕉と現代俳人たち―龍太・澄雄・兜太
 はじめに
 一、飯田龍太と芭蕉
 二、森澄雄と芭蕉
 三、金子兜太と芭蕉
 二 情感の頂点で発止と打出される句―森澄雄の波郷論―
 三 "型"にはめる、"型"にはまる―金子兜太の波郷論―
 四 俳句は叙情詩なり―能村登四郎の世界―
 五 「多行形式俳句」という挑戦―高柳重信論―
 六 「俳句即生活」説と「心象造型」論―高柳重信の波郷観―
 あとがき
 初出一覧
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